大地を紡ぐガーデニング |
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| イギリスの庭 「庭」という定義は、日本(東洋)とイギリス(西洋)では、ずいぶん異なる。 わが国の庭は、古くは物事(神事)を行う場所だった。正月に門松を立てたり、旧盆に万燈(麦藁を燃やした)を灯したりして、神々や先祖の歓送迎をする場所に使われた。 近代になると、庭は仕事場になった。薪を割ったり、穀物を筵(むしろ)で干したり、大勢の人が集まると、煮炊きもした。 子供たちの遊び場にも、庭が利用された。縄跳び、かくれんぼ、キャッチボールなど、各地に地方色豊かな遊びが見られた。庭は春夏秋冬を通じて、老若男女の生活そのものであった。生活(遊び)と神事の場になっていた庭は、いつも掃き清められていた。 信州の我が家でも、朝一番、庭を竹箒で掃き、きれいにすることから一日が始まった。私の兄弟も当番制で庭掃除をした。庭をきれいにするのは、家の中を掃除するより優先されたように記憶している。 遊びや生活の場所でない庭もある。内庭や坪庭と呼ばれるものだ。小さな日本庭園である。池があり、庭石や石灯籠が置かれていた。 都市化と核家族化が進み、現在の都市生活者は、昔の家のような庭を持てなくなってしまった。子供たちが遊ぶような広い庭や、鯉が泳ぐような池のある坪庭は、めったにお目にかかれない。 庭に芝を張り、池を造成して、錦鯉を放つ。現代では、こんな家は、総理大臣か株式を公開するような経営者ぐらいしか持てない。私の本家は裕福ではなかったが、内庭があり、錦鯉ではなく食用の鯉が飼われていた。庭石に囲まれた池の周囲には、枝振りのいい松が植えられていた。ちょっとした小宇宙であり、そこには風情≠ェあった。 古今東西、庭は大自然と家を結ぶ媒介場所だったのだ。 ガーデニング発祥の地イギリスでは、王立園芸協会が各地の庭園を案内している。私が以前TVで見た、ハイランド地方の農家のガーデニングでは、五つの条件があると紹介されていた。 一.芝生の部分がある。 二.草花がある。 三.木花または果樹がある。 四.ハーブがある。 五.水辺(川、池、噴水など)がある。 この五つの条件は、イギリスのガーデナーの通念なのかと思い、東京にあるイギリス王立園芸協会に問い合わせてみた。すると、「この条件はハイランド地方の特徴であり、ガーデニングには特別な条件はない」と言われ、少々意外だった。ガーデニングとは、「庭いじりをすること、またはその場所」だそうだ。 であれば、「ガーデニング」を特に難しく考えることはない。どんな場所で行われている園芸もガーデニングということになる。ベランダ菜園、玄関ガーデン、キッチンガーデン、コンテナ(鉢物)ガーデン、何でもいいのだ。 ただ、イギリスの本場のガーデンは、やはりひと味違う。ガーデナーであれば、一度は訪れてみたいイギリスの庭園は、プランツマンによるデザイン力、造形力、カラーデザイン力、小宇宙創造力などが凝縮されている。 これらのガーデンは、有料で一般公開されているものが多い。宮殿やナショナルパークと違い、特別な建造物や人工構築物をからめず、自宅の裏庭に相当する部分をガーデンにしているのである。日本庭園も美しいが、イギリスのガーデニングは、趣味と実益(花、野菜、ハーブは自家用に利用)を兼ねていて、楽しさを前面に出している。 菜園に美的感覚 私の菜園は習志野台地にある。 たった七十坪であるが、我が家の野菜をほぼ自給自足している。 この菜園をガーデニング化する作業を今夏から始めた。しかし、農園は借り物だから構築物はご法度である。何をするかというと、野菜づくりそのものの技量は既に二十年間で充分に身につけたので、今度は美しい菜園を作りたいのである。 畑の通路にレンガを敷く。ハーブコーナーを木製の柵で囲う。ポールを二本立て、モノ干し竿を置き、そこにタマネギ、エシャロット、トウモロコシなどを掛けて干す。ポールには吊り鉢を掛けて、鉢には四季の花を植える。 池などは造成できないが、陶器の大鉢を通路の突き当たりに置いて、浮き草を入れ、メダカを飼う。畑の中に飼っているメダカを、農作業の合間に眺めるだけで心が和む。 通路にレンガを敷き、メダカを飼うまでのところまで、既にやり遂げた。 私が目指すのは、「キッチンガーデン」である。キッチンは台所であるが、台所で鉢物の野菜やハーブを作ることではない。 キッチンガーデンとは、台所(つまり調理)に必要な野菜やハーブを自分で作る菜園のことである。菜園とキッチンガーデンの違いを言えば、前者は単に畑。後者は美的感覚とデザインを中心にした野菜づくりの庭園ということだ。 実利だけを追求すれば、畑で野菜を作ればいい。美しく野菜を作るには、キッチンガーデンを学ばなければならない。 四季折々の野菜の特性を見分け、大きな花壇のように野菜を作るのである。 例えば、一本の畝(うね)に一種類の野菜を植えるのが、菜園の基本的なやり方だ。しかし今後は花壇のように作りたいので、大きな四角のスペースを決め、通路の踏み石にレンガをバランスよく敷く。四角形を十字に切り、四分割する。 まず、大きな四角形の外周に、丈夫なサニーレタスを縁取るように植える。次に十字に切られた四ヶ所に、サラダ菜、小松菜、カブ、京菜等を配置する。十字の線に沿って葉タマネギを植える。十字のクロスするところには、円形に草花かパセリを密植する。 紫色のサニーレタスで外縁を囲った中に、微妙に違う四つの葉形を持つ緑のパッチワークが大地に描かれるのだ。背丈がやや高くなる京菜で縁取り、その中にサラダ菜、レタス類を入れても面白そうだ。春から秋まで、各種ハーブや草花を通路や畔に配置すれば、美しい菜園になるだろう。 問題はセンスとデザイン力である。 土を掘ったり、レンガを運ぶ腕力はある。野菜を育てる技術も、二十年のキャリアがある。センスは美的感覚、デザイン力は表現力だ。この二つは短兵急には身につかない。最初は少々不細工なガーデンになるかも知れないが、徐々にセンス(民度)を磨き、美しい庭にしたい。 いま、日本人にはこの「民度」が試されている。物質文明では世界のトップクラスに上り詰めた。 今年からキッチンガーデニングを通して、「民度」に挑戦したい。 |
イラスト: かわかみゆういち |
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月刊「力の意志」(サンラ出版) シリーズ 視点・論点 |
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