白神山地に地球がある |
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| ブナとヤドカリ 暮れも押し詰まったある夕、旧知の友人が事務所にやってきた。 K氏は都市開発プランナーの会社を営業しているが、公共投資の抑制によって、会社は開店休業中の状態である。K氏とはベトナム産業視察に一緒に参加したこともある。ベトナムの農業に関心を寄せていたのを記憶している。 K氏は小池征人監督を私に紹介するために訪れたのだった。小池監督は水俣や被差別部落などの記録映画で知られる人物だ。 K氏が何故音信不通を破って、小池監督を連れてきたのか、最初は飲み込めなかった。 しかし、すぐに両者の回線は繋がった。キーワードは「自然」である。小池監督の最新作「白神の夢」のビデオ版を持参してくれたのだ。 「白神の夢」は、白神山地が世界遺産に登録されて十周年を記念して製作された。白神山地と呼ばれる青森県南西部と秋田県北西部にまたがる広大なブナ自然林とその生態系が、世界的に貴重な価値として、一九九三年十二月にユネスコに世界遺産として登録された。 同時に登録された屋久島の縄文杉の方が脚光を浴びて、白神のブナ林は後れを取っている感は否めない。 小池監督は、私の野菜の自給自足や天然水しか飲まない話に興味を持ってくれ、少年の頃のイナゴ、蜂の子、天竜川のザザムシを捕獲して食べていた話をじっと聞いてくれた。 「河野さんは縄文人ですね。先祖が白神山地に住んでおられたかもしれませんよ」 と言われても、実際のところ白神山地について、まったく知らなかった。 一説によると、白神山地は日本列島誕生の最初の地だそうだ。海底噴火によって海上に姿を現したのは、約二億九千万年前。それが一六五〇万年前に一度海面に没して、再びマグマの隆起によって海面から姿を見せたのが九千年前だという。 いずれにせよ、日本列島発祥の地が白神山地だった。大量の縄文土器が山麓周辺から出土するので、歴史的にも貴重な場所であることがわかる。 ビデオは二巻で、上映時間二百分という長編だった。正月休暇のある日、半日かけて「白神の夢」を観た。 白神山地を水源とする小入川、真瀬川、泊川、三系の流域に出来た町が、八森町である。人口五千人そこそこの寒村が町を名乗っているのも珍しい。しかし、八森といえばハタハタで有名だ。この八森町を軸として、映像が展開する。 記録映画「白神の夢」のサブタイトルは、―森と海に生きる―とある。 八森町は白神山地に抱かれた農山漁村である。農山漁村の意義は大きい。日本人のルーツは縄文時代から明治初期まで、人口の九割以上が農山漁村で生きてきた。日本人の生命は約一万年に亘って、大地のサイクルと一体となって継続してきた。 現代人は都市化の中で、利便性だけを追求してきた。 前回、当欄に登場した養老孟司の都市論は、脳医学者らしい分析だった。都市化とは脳化であり、情報化であると解く。 東京のような大都市は、人間に例えれば巨大な脳に相当する。脳の反対は手足を含むボディである。東京は日本の頭脳といえば聞こえはいいが、人間に置き換えれば、ボディのない火星人のようなものだ。異常に発達した大きな頭に直接タコのような足がくっついている。この足は家の中から乗り物までしか使用しないので、ヤドカリのように、都市という名の巻貝の中を移動するだけの機能しかない。 自然と懸け離れた人間の存在は、ヤドカリの世界だ。 ブナとハタハタ この映画には、地元の人たちがふんだんに登場する。俳優は登場しないし、ナレーションもない。自然に生きる老若男女の躍動する会話と、自然の息吹を丹念に拾うことで、観る者をクギづけにさせる。八森小学校六年生たちが、総合学習で白神山地を学ぶ一年半を収録している部分は、教育の原点を活写している。 ブナの森に入り、ブナの葉で水面が見えなくなった池で、ミジンコを採取する。ミジンコが生息する池は必ず青い色をしているので、青池と呼ばれている。採取した二ミリほどのミジンコを顕微鏡で観察する。透明なミジンコの体中で、心臓が懸命に動いているのが分かる。体長二ミリのミジンコは、目に見えないような微生物(プランクトン)を食べて生きていることを子供たちは学んで行く。 ブナの森の中は、生命の起源と継続を認知させる宝の山≠セということを生徒たちは身をもって知るのである。 この生徒たちは、ブナの森で発見した二千種の中の一酵母菌で、手づくりパンを作る。パンを発酵させる酵母菌は、発見者の小玉健吉さんの名前を冠し、「白神こだま酵母」と命名されている。小麦を練り、こだま酵母を混ぜて発酵させるとビデオから香りが漂ってくるようだ。焼き上がると見事にふくらむ。 子供たちは、パンを作る行程で、白神のブナ林の凄さを、神秘的に体感するのだ。 筆者はこの映画に登場する斎藤貞さんに目を奪われた。初老の貞さんは、画面に登場するだけで、自然の申し子の雰囲気を醸し出す。 萱葺き屋根の家に住み、世界遺産の白神山地を訪れる外国人に、手づくり料理でもてなす。言葉など通じなくても、心は通じ合う。 秋になると萱を刈り、次の屋根の葺き替え用に蓄える。一部スダレ状にしたものを、風雪除けに庭に張る。どの場面を見ても、美しく身体を使い、化粧気のない顔は、神々しさを漂わす。 秋田といえば、誰もがハタハタのショッツル鍋を思い浮かべる。これでは単に商業テレビが有名人を登場させて、「グルメの旅」で視聴率を安易に稼ぐ映像に洗脳された結果でしかない。なぜ、秋田とハタハタ、ショッツル鍋なのかを追求しなければ、人間の資格がない。 白神山地が生み出すブナの腐葉土に生命を発したプランクトンは、雨によって真瀬川に入る。それが八森沖の海底に藻を発生させ、小魚の餌にもなる。 冬が近づく頃、ハタハタは日本海の北の海から、八森の真瀬川河口沖に帰ってきて、藻の中に産卵する。ハタハタの銀(一部金)鱗が躍動する。 白神山地のブナの自然林は、食物連鎖の起点であり、自然と生命の発祥の地でもある。また、日本列島発祥地としても、この宝物を後世に残さなければならない。 筆者は今年中に、貞さんを訪ねてみたいと思っている。少しばかりの労力を提供して、白神山地の恩恵を体感したい。 |
イラスト: かわかみゆういち |
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月刊「力の意志」(サンラ出版) シリーズ 視点・論点 |
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