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終章(エピローグ)に入った「団塊の世代」
   
   牽引車が貨車に
   戦後ベビーブーマー(昭和二十二年から二十五年生まれ)を、「団塊の世代」と命名したのは、堺屋太一氏である。
 戦後四年間で約一千万人が誕生している。年平均二百五十万人である。この数字がいかに大きいかは、二〇〇三年の百十二万人という出生数と比較すれば、一目瞭然である。ピーク時の五割以下だ。にもかかわらず、自然増(出生数マイナス死亡数)は、二〇〇六年まで続く。
 これには背景説明が必要だ。わが国の生涯女性出生率が二・〇を切ったのは、一九七五年である。以来一度も二・〇以上に戻ったことがない。
 つまり、日本人口を「入り口」の部分で捉えれば、もう二十八年間減り続けていたのである。ところが二〇〇六年までは増加をみせる。何故なら、「出口」の部分が僅少だったからである。
 戦後最初の〇歳児の平均余命がデータ化されたのは一九四七年である。男五〇・〇六歳、女五三・四六歳である。それが二〇〇〇年では、男七七・七二歳、女八四・六〇歳である。男女平均で約三十年も寿命が延びたのだ。
 従って、三十年間一人も出生がなくても、日本人口は減少しなかったということになる。しかし、人間の生命には限界がある。
 二〇〇六年の一億二千七百七十四万人でピークを打ち、以後半永久的に減少を続ける。二十一世紀末には半減の六千万人台という予測数字もある。
 戦後、日本人を引っ張ってきた団塊の世代は、いま現役の第四コーナーに差しかかってきている。デフレ経済下、リストラの嵐を乗り越え、現役を張る一千万人の中には、失業を余儀なくされている人も多い。五十四歳から五十七歳に達する団塊の世代の動向は、当事者ばかりか、為政者、後続世代に大きな影響を与えることは間違いない。
 団塊の世代は戦後日本経済の拡大の先兵となってきた。その先兵がここにきて、企業からも国家からも厄介者の対象にされるようになってきているのだ。
 企業からは高額年俸の故にリストラの優先対象にされ、国家からは年金負担率アップを課せられる。この影響は、単に団塊の世代だけにとどまらない。年金に関しては既に受給されている人たちのカットや後続の若い世代への負担率アップが、勤労意欲を減退させている。意欲の減退だけでは済まず、勤労放棄やフリーターという正規軍からの離脱者が、一千万人を超えた。
 更には個人事業者(フリーターも含む)に加入を義務付けている国民年金の未加入者は、若年層ほど多く、この十年間で未納者は一〇%も増加しているのだ。
 少子高齢化は、多子層の高齢者が片付くまで、全国民の負担が重くのしかかるのである。しかし、このまま少子化が続けば、永久に高齢者層の多い逆ピラミッド型の人口構成となる。そうなれば、年金や日本経済の危機的状況ばかりか、日本民族消滅≠フ危機に晒されるだろう。
 既に政治、行政では手に負えないところまで追い詰められている。欧米のように移民によって人口調整が取れる地域性や風土があれば、少子化対策は取り易い。しかし単一民族主義を脱しきれないわが国の風土では、欧米の手法が取りにくい。
 消去法で次善の策を取らざるを得ない。となれば、団塊の世代は少なくとも一千万人の半数は、七十歳まで現役を延長してもらい、残りの半数もNPO的活動の輪を形成して、割高な官制の福祉体制に風穴を開けてもらいたいのだ。

  「公」への貢献
 筆者は今年になって、「団塊の世代」のオピニオンリーダーに接する機会を得た。
 一人は三井物産戦略研究所所長の寺島達郎さん、もう一人はマンガ家の弘兼憲史さんだ。お二人とも、昭和二十二年生まれの早大出身。片や綜合商社の国際ビジネスの調査畑を歩み、片や松下電器のサラリーマン生活を卒業後、マンガ界にデビューして、「課長島耕作」でスターダムに昇った。
 二人に接したのは、某著名ビジネス雑誌の対談の構成を引き受けたときである。
 弘兼氏が早大法を卒業して松下電器に入社したのは、一九六九年だった。当時白モノ全盛期だった松下電器はこの年、学卒を八百名採用したという。弘兼氏はマンガという個人スキルを身につけ独立した。同期の彼らの中には、いま中国戦線などに派遣され、V字回復に伴うリストラの対象にもされたそうだ。
 一方、寺島氏は早大政経大学院卒業後、三井物産に入社。米ブルッキングス研究所出向後に同社ワシントン所長を務めた。九九年には三井物産戦略研究所所長に就任している。
 二人は団塊の世代の第二ステージ(リタイア後)は厳しい存在になると認識した上で、「公」への貢献に最後のエネルギーを注いでほしいとアドバイスする。
「公」とは官と民の間を埋める奉仕活動である。地域起こしから、福祉・介護、子供の教育に至るまで、官の予算でカバーできない分野がますます増大している。
 具体的な説明をしよう。彼らが現役のピーク時代、過熱化した拝金主義がはびこり、地方の文化は潰滅か衰退に追い込まれた。村の祭りや風物詩的行事が失われていった。地方の官僚たちは将来も潤沢な税収が見込まれると思い込み、ハコモノ行政に明け暮れた。
 高度成長期には効率の悪い(カネにならない)地方文化を切り捨て、地方行政は公的資金の恩恵だけで、身の丈に合わないハコモノ建設に熱中してきたのだ。
 その結果を、もはや説明する必要はないだろう。
 戦後民主主義社会を謳歌した世代は、多方面のノウハウを蓄積している人が多い。
 それらの体験的情報を大学に行って教えるだけが使い道ではない。近所の集会所を現代の寺子屋風に仕立て、子供たちに教えることは、ひょっとしたら学習塾より有意義であるはずだ。
 福祉・介護を官か民で賄うのも、カネが掛かりすぎる。元気な身体で相互扶助システムを構築すれば、税収不足の官からも、民間機関に充分なカネを払えない人たちからも感謝されるに違いない。寺島氏によれば、これらを米国ではソーシャル・エンジニアリングといい、全米で一千万人前後が参加しているという。
 弘兼氏は一人で貢献できるスキルを持っている人は、まず、近隣の一人をサポートすることからはじめてほしいと提唱している。
 少子高齢化、団塊の世代の末路を悲観的に捉えるのではなく、近隣や地域社会に貢献することこそ、伝統的日本人の復活にも繋がることになるだろう。

 


イラスト:
かわかみゆういち
 
月刊「力の意志」(サンラ出版) シリーズ 視点・論点